試合の数だけドラマがある 「怪物に出会った日 井上尚弥と戦うということ」

井上尚弥」という名前を聞いたことはありますか?

現役のプロボクサーで,25戦全勝.4階級制覇を成し遂げており,日本史上最高との呼び声も高い選手です.相手を圧倒して勝つことがほとんどで,「モンスター」というあだ名がついています.

対戦相手は,その階級のトップランカー達です.決して弱いはずがありません.そんなトップランカー達のさらに上をいく井上選手の強さの秘訣に迫る本を見つけました.

それが,「怪物に出会った日 井上尚弥と戦うということ」です.

 

怪物に出会った日 井上尚弥と闘うということ

森合 正範 講談社 2023年10月26日頃
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著者の森合正範(もりあい まさのり)さんは,東京新聞運動部の記者です.週刊誌上で井上選手へのインタビューも行っています.

本書は,井上選手の強さの理由を知るために,森合さんが井上選手と対戦した相手に取材をした内容です.

 

井上選手と試合をした10人と,練習でスパーリング相手を務めた選手の計11人にインタビューしています.

それぞれの選手がボクシングを始めたきっかけから,井上選手との試合に至るまでの過程まで細かく記されており,その選手の半生を追体験しているような感覚で読んでいました.

最後は井上選手との試合について書かれていますが,どのようなイメージを持って対策していたのか,そして実際にリングの中で井上選手のどこが凄いと感じたのか,生々しい体験談が語られていきます.

 

小さい頃からボクシングに人生を捧げて怪物に挑み,敗れたショックは想像を絶するものだと思います.井上選手との試合を終えた後の選手たちの人生は様々です.

井上選手との試合を糧に,世界チャンピオンになった選手.

負けはしたものの,全力でやりきって充実感を得た選手.

父親の負けを目の当たりにしてプロボクサーを志した息子と,その指導をする選手.

心と体に傷を負って,人生が暗転した選手もいます.しかし,新しい人生を歩み始めています.

 

“人生の大きな勲章を手に入れて,誰もが次に進むための糧を得た.”

 

リングで相対した選手にしか語ることのできない井上選手の凄さ.そして試合を観るだけでは想像することのできない,対戦相手の積み重ねてきた日々.

井上選手の偉大さを改めて知ると同時に,対戦相手を応援したいという気持ちも芽生えた本でした.気になった方はぜひ読んでみてください.

 

怪物に出会った日 井上尚弥と闘うということ

森合 正範 講談社 2023年10月26日頃
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個性の大切さを自然界から学ぼう!「はずれ者が進化をつくる―生き物をめぐる個性の秘密」

「はずれ者」という言葉を聞いてどう思いますか?他者と合わせられない変わり者,常識外れといったマイナスなイメージを持つかもしれません.

しかし他者との違い,平均値から離れることも重要であると伝えてくれる本を見つけました.「はずれ者が進化をつくる―生き物をめぐる個性の秘密」です.

 

はずれ者が進化をつくる

稲垣 栄洋 筑摩書房 2020年06月10日頃
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著者の稲垣栄洋(いながき ひでひろ)さんは,静岡大学大学院農学研究科の教授です.本書の他にも,植物や動物を題材にした本を数多く執筆しています.

 

この本の前半では,色々な例を挙げながら,自然界では均一ではない色々な個体が生まれること,色々な個体がいる=多様性があることの重要性を伝えています.

例えば,ジャガイモには収穫量が多くて病気に弱い品種や,逆に収穫量は少ないが病気に強い品種など,色々な種類があります.しかし19世紀のアイルランドでは,収穫量を増やすために,収穫量が多くて病気に弱い品種だけを選んで栽培しました.その結果,病気で大打撃を受けてしまいました.

自然界では,平均値から離れた個体が生まれ続けます.環境の変化が起きたときには,そういう平均値から離れた「はずれ者」が適応していきます.生物の進化のために,「はずれ者」が生まれるような多様性が重要となるのです.

 

後半では,生物の多様性をヒントにしながら,「ふつう」「平均値」に収めたがる人間社会の中でも個性を持つことの大切さについて述べていきます.

成績だったり,収入だったり,人間は平均値と比べて高いか低いかと勝ち負けをつけたがります.しかし,そういう競争が全てではない.勝負から逃げてもいいし,勝負に負けても戦い方を変えればいい.

生物の進化も,生存競争の敗者が変化することで進んできました.陸地に上がった両生類は,生存競争に敗れた魚から進化しました.人間の祖先は,森から追い出されたサルの仲間でした.

人間社会の中でも,1つの視点での競争にこだわりすぎず,色々試して時には負けて,変化し続けることが重要であると思いました.

 

世間や周りと自分を比較して気持ちが落ち込んだり焦ったりしている人に新しい視点を与えてくれる本だと思います.気になった方はぜひ手に取ってみてください.

 

はずれ者が進化をつくる

稲垣 栄洋 筑摩書房 2020年06月10日頃
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事前に考えて準備せよ!「悲観する力」

皆さんは,「悲観」という言葉にどういう印象を持ちますか?ネガティブ思考とか,必要以上に悲しむとか,一般的にはマイナスなイメージを持つでしょう.

しかし,「悲観」は悪いことではなく,必要なことだという本を見つけました.それが今回紹介する,「悲観する力」です.

 

 

この本で言う「悲観」とは,単にネガティブに考えることではなく,常識や思い込みを疑って考えることです.「上手くいかないかも」と心配するだけで終わらず,上手くいかない原因やその対策,結果に対する心構えなどを前もって準備することです.

逆に「楽観」は,考えることをせずに現状へ満足したり,周りに合わせたりすることだと,森さんは言います.

 

悲観することで,例えば次のようなメリットがあります.

・「トラブルは起こる」と「悲観」することで,時間的余裕を持てる.

・事前に想定しておくことで,冷静になれる.腹が立ちそうなら事前に腹を立てておく.

・常識を信じずに考える人が,イノベーションを生み出す.

 

私はこの本から,「悲観」をすることで考えるクセをつけることが大事である,というメッセージを受け取りました.

 

“自信をもって自分を悲観することが,翻って,自分の可能性を広げるし,いつでも,いくつになっても,成長する原動力となりうる.”

 

気になった方はぜひ読んでみてください.

生き辛さを言葉にする.「ナナメの夕暮れ」

ふとした時に,生き辛さやモヤモヤを感じたことはありますか?そういう人が,「これ,分かるなあ」「こういう考え方もありだなあ」と思えるような本に出合いました.

それが今回紹介する,「ナナメの夕暮れ」です.

著者の若林正泰(わかばやし まさやす)さんは,1978年生まれ.お笑いコンビ「オードリー」のメンバーです.テレビやラジオで活躍されているのはご存じの方も多いでしょう.

 

この本は,雑誌での連載に書き下ろしを加えた,若林さんのエッセイです.

「他の人と自分が何か違うような気がしている」「生き方音痴」という若林さんが,日々の生活の中で感じるモヤモヤについて考え,言葉にしていきます.

 

「人によく思われようと緊張していたが,病院の先生から『外のジャッジが間違っているかもよ?』と言われて気が楽になった.」

「未来の理想を追い求めるだけでは,今日の自分をないがしろにしていて今を楽しめない.」

 

2015年から2018年,若林さんが37歳から40歳にかけて書いたものであり,若者と中年との間での葛藤や心の変化も浮かんできます.

 

「若い頃はゴルフをするおじさんの気持ちがわからなかったが,ボールを上手く打つために色々試すことがすごく楽しいとわかった.」

「本来の自分を受け入れてくれる女性はいないと思っていたが,出会うことができた.それが希望となり,自信になった.」

 

この他にも,色々な場面での心の動きが鮮明に描かれています.若林さんのエピソードに共感しながら,自分の心のモヤモヤを少しだけでも成仏させられると思います.気になった方はぜひ読んでみてください.

自分が本当に欲しいものを買おう!「お金の減らし方」

皆さんは,お金の使い方に自信がありますか?ついつい無駄遣いをしてしまった,あるいは買ってもあまり幸福につながらなかったという経験がありませんか?

お金の使い方について見直すきっかけになる本を読みました.

それが今回紹介する,「お金の減らし方」です.

著者の森博嗣(もり ひろし)さんは,大学の助教授として働きながら,1996年に小説家としてデビュー.数多くの小説や新書を書いている作家です.作家になろうと思ったきっかけが,趣味の鉄道模型を走らせるための線路を伸ばしたかったからという,とてもユニークな方です.

 

森さんは,「お金は自分にとって価値のあるものに使おう.何に価値を感じるのか,世間体や他者を気にせず,自分自身でしっかり考えよう.」というメッセージを伝えています.

本文の中で,特に印象に残ったフレーズを3つ紹介します.

 

・お金があるから何かを買うのではない.欲しいものがあって,お金が必要だから働いたり,お金を貯める.

・将来売ることを前提に物を買うのは,「自分にとっての価値」と違うもので判断していないか?

・「お金がないからできない」という人は,「あ,やりたくないんだ」

 

「お金を上手く使えているか自信がない,イマイチ幸せだと感じない」と思った方,上で紹介したフレーズが気になった方はぜひ手に取ってみてください.

絶対に諦めてはダメなのか?「諦める力~勝てないのは努力が足りないからじゃない」

「諦める」という言葉に,どういうイメージを持つでしょうか?「終わる」「逃げる」といったネガティブなイメージを持つ人が多いと思います.もちろん私もその1人です.

しかし,実はポジティブな言葉でもあると説明する本を見つけました.

それが今回紹介する,「諦める力~勝てないのは努力が足りないからじゃない」です.

 

著者の為末大(ためすえ だい)さんは,陸上競技の400mハードル走の選手でした.2001年の世界陸上エドモントン大会では銅メダルを獲得しています.2023年9月時点で,日本記録も保持しています.現在は,コメンテーター・タレント・指導者など,幅広く活動されています.本も数多く執筆されています.

 

この本では,為末さんご自身の経験を踏まえながら,「諦める」ことの意味と重要性について説明していきます.私が特に印象に残った内容を3つ紹介します.

 

①目的を諦めないために,手段を変える(=諦める)のはあり

②一意専心ではなく,オプションを持つ

③諦めるためには,没頭して必死に努力するという体験が重要

 

①目的を諦めないために,手段を変える(=諦める)のはあり

為末さんは,もともと100m走の選手でしたが,400mハードルに転向しました.はじめは100m走を「諦めた」ことに罪悪感や後ろめたさを感じていましたが,次第にポジティブな意味を見出すことができるようになったそうです.

 

「勝利という目的を達成するために,競技人口が多く勝ちにくい100m走を諦めた.」

 

100m走でも400mハードルでも,メダルの価値は同じ.メダルを取るために,400mハードルを選ぶ.実際に世界選手権でメダルを獲得されているので,100m走を「諦める」という決断が成功しています.

 

②一意専心ではなく,オプションを持つ

一意専心とは,ひたすら1つのことに集中するという意味です.1つの種目に命を懸けて取り組んでいるアスリートがいたら,応援したくなると思います.

しかし,為末さんは他の選択肢を頭に入れるという考え方を述べています.

 

“「別の方向に進める可能性もあるが,あえて今はアスリートをやっている」人は,いい加減な気持ちでやっているわけではなく,ある意味で肩の力が抜けている.勝つために全力を尽くすが,負けたからといって精神的に行き詰まらない.”

 

世界のトップレベルになるまで1つの種目を突き詰めるようなアスリートが,一歩引いてこういう考え方もしているのか!と驚きました.

 

③諦めるためには,没頭して必死に努力するという体験が重要

この本では,「諦める」ことをテーマにしています.しかし,「諦める=何もしなくていい」ではないことを,為末さんは強調しています.

楽しめることや自分に合っていて勝ちやすい分野を見つけるためには,努力が必要.努力したうえで,才能や適性がないと判断できれば諦める.

努力の限界に達することで,納得感を持って諦められるのだろうと思いました.

 

“「がんばってもうまくいかない」「あまりがんばらなくてもけっこういける」という感覚が得られるはずである.これが大事なのだ.長期的には「あまりがんばらなくてもなんとなくできてしまう」ことのほうに努力を振り向けたほうが成長できる.”

 

今やっていることを続けるかどうか迷っている人,「諦める」という言葉にマイナスイメージがある人は,ぜひ読んでみてください.きっと学びがあると思います.

人はどうやって学ぶのか?「熟達論」

皆さんは,何かを始めて次第に上手くなっていくという経験をしたことがありますか?

どういう状態からスタートして,どのようにして上手くなっていくのか,そして最後にはどうなるのか.はっきりと説明できる人は少ないでしょうし,そもそも細かく考えたことすらないという人がほとんどでしょう.

今回は,人が何かを新しく始めた後,どのようにして上達していくのかを考察した本「熟達論」を紹介します.

 

著者の為末大(ためすえ だい)さんは,陸上競技の400mハードル走の選手でした.2001年の世界陸上エドモントン大会では銅メダルを獲得しています.2023年9月時点で,日本記録も保持しています.現在は,コメンテーター・タレント・指導者など,幅広く活動されています.

 

為末さんは,学びのプロセスを5つの段階に分けて説明しています.

1.「遊」:いたずら心や好奇心などに駆られて,物事を始めた状態.面白く,不規則である.

2.「型」:もっと高度なことをするために必要な土台を作る段階.

3.「観」:土台ができて余裕が生まれることで,自分がやっていることや対象物を観察できる.

4.「心」:土台の中でも本当に必要な中心部分だけが残った状態.中心がしっかりすることで,そこを基準にいろいろなことが試せるようになる.

5.「空」:自我がない世界に突入し,無我夢中になった状態.意識して何かをしようとしたときの思い込みや足枷がなくなり,本当の力が出せる.

 

人から何かを教わる場面で,「まずは言われたことをやれ」と言われることもあれば,「自分で考えろ」と言われることもあります.「どっちが正解なんだよ!」と思いますが,学びのプロセスによって正解が変わると考えると,どちらも正解でしょう.

自分自身が学びのプロセスのどこにいるのか.これを意識したり,周りの人と比べてどうなのかを考えたりしてみることで,色々なアドバイスのうちどれが一番合っているか,どのように取り組めばいいかが見えてくるかもしれません.

 

最後の「空」の章では,為末さんが世界陸上の決勝レースで体験した感覚について,細かく書かれています.読んだだけで,その瞬間が頭に浮かんで思わず震えました.

“五.〇の視力になったようで,ハードルの位置がくっきりと見え,かつそのギリギリを狙えた.実際にハードルを越えるたびに,自分の腿の裏でハードルの空気抵抗を感じた.”

 

為末さんご自身の体験に基づいた表現力も素晴らしく,勉強になる本でした.ぜひ読んでみてください.